「ジョジョ・ラビット」レビュー 90点 超おすすめのアカデミー賞有力作…ヒトラーと少年の交流は、言葉と暴力の物語へ発展する【前編】

2019年12月27日

90点:チケット購入安定

 “アカデミー賞作品賞に最も近い”とされるトロント国際映画祭で、最高賞に輝いた「ジョジョ・ラビット」(2020年1月17日公開)。第二次世界大戦下のドイツを舞台に、10歳の少年と、イマジナリーフレンドのアドルフ・ヒトラーが交流する様子を、コメディを交えて描いたキュートな作品だ。

 魅力的でチャーミングな包装紙に包まれてはいるわけだが、その実、言葉こそが世界を切り開く唯一の手段である、というテーマや、“全体主義”によって崩壊に導かれるドイツを現代社会のメタファーとして機能させるなど、極めて硬派な下地の上に燦然と屹立する豪快な作品でもある。目まぐるしく物語や演出のテイストが変わり続け、2時間の間、ふと気がつくと別のジャンルの映画を見ているような気分になって、俄然楽しくなってくる。

 今回は、その物語やキャラを紐解くとともに、今作を鑑賞することでどのような思考に拓かれるかを語っていこうと思う。

■物語と作品概要

第2次世界大戦下のドイツに暮らす10歳のジョジョは、空想上の友だちであるアドルフ・ヒトラーの助けを借りながら、青少年集団「ヒトラーユーゲント」で、立派な兵士になるために奮闘する毎日を送っていた。しかし、訓練でウサギを殺すことができなかったジョジョは、教官から“ジョジョ・ラビット”という不名誉なあだ名をつけられ、仲間たちからもからかいの対象となってしまう。母親とふたりで暮らすジョジョは、ある日家の片隅に隠された小さな部屋に誰かがいることに気づいてしまう。それは母親がこっそりと匿っていたユダヤ人の少女だった。


引用:映画.com https://eiga.com/movie/91654/

 先に作品の基本情報をおさらいしておこう。原作はクリスティン・ルーネンズによる小説で、「マイティ・ソー バトルロイヤル」のタイカ・ワイティティ監督が脚色を加え映画化。ワイティティ監督は同作で“キャストのアドリブ演技のみ”でほとんどのシーンを構成する、という常識破りの手法を採用し、業界に衝撃を与えた張本人だ。出世作は「シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア」で、文字通りヴァンパイアたちのシェアハウス生活をとらえたモキュメンタリー作品。トリッキーな手法といいかげんな雰囲気が全開となるコメディを得意とする“天才クリエイター”である。

 ワイティティ自身が脚本を執筆、製作も兼ね、ヒトラー役も演じている。八面六臂の活躍である。さらに製作に「ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル」(日本未公開)でワイティティとコンビを組んだカーシュー・ニールと、同じく「シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア」のチェルシー・ウィンスタンリーが名を連ね、つまりワイティティを中心とした円卓の騎士たちが集ったということだ。

 主演はイギリス出身の子役、ローマン・グリフィン・デイビスくん。後述となるが、結構すごい子役だ。共演にはスカーレット・ヨハンソン、サム・ロックウェル、レベル・ウィルソン、スティーブン・マーチャントらが名を連ね、多士済々の好演が随所で光る。製作スタジオは、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」「スリー・ビルボード」「シェイプ・オブ・ウォーター」「犬ヶ島」など尖った作品を創出しまくるFOXサーチライト・ピクチャーズ。「お、いい設定の映画」と思ったら、だいたいここか、A24である場合が多い

 賞レースにおいてはスタートダッシュに成功しており、まずは第44回トロント国際映画祭の最高賞となる観客賞に輝いた。同賞は過去に「グリーンブック」「それでも夜は明ける」「英国王のスピーチ」「スラムドッグ$ミリオネア」「アメリカン・ビューティー」「炎のランナー」が受賞し、そのままアカデミー賞の作品賞もかっさらっている。つまり「ジョジョ・ラビット」は、現在、最もアカデミー賞作品賞に近い、と言えるのだ。はい、おさらい終わり!

■ヒトラー役をワイティティが演じるということ

 物語でひときわ目を引くのが、やはり少年のイマジナリーフレンドがヒトラーである、というユニークな設定だ。イマジナリーフレンドは直訳すると“空想上の友だち”で、概していうと心理学、精神医学における現象の一つ。頭のなかに作り出した友だちと、話したり、遊んだり、励ましあったりと、本物の友だちのような関係を形成する。子どもだけの現象ではなく、大人にも現れる場合もあるようだ。

 過去の映画で同様のモチーフといえば、個人的に「ファイト・クラブ」「マシニスト」が思い出される。どちらもイマジナリーフレンド(?)の存在が“現実を生きろ”と強く訴えかける作品であり、日ごろ大学にも行かず、かといってバイトも特にせず、パンツ一丁で寝転がり屁をこきながら漫然と映画を見るようなどうしようもない学生たちの心を削りまくってきた。かくいう私もパンツ一丁で寝転がり屁をこきながら漫然と映画を見るようなどうしようもない大学生だったため、それらの作品に心をえぐられ、眠れない夜を過ごした口だ。読者の方々も、身に覚えがあるだろう。

「ファイト・クラブ」より ブラピが風呂でタバコを吸うシーンはよく真似した

 一方で「ジョジョ・ラビット」のイマジナリーフレンドは、少年の心を写す鏡であり、少年が寄りかかれる柱であり、同時に少年が乗り越えるべき“自身の影”でもある。少年の成長譚に強く影響を受けるこの役は、ワイティティがファーストチョイスではなかったと、本人が告白している。聞くところによると、ワイティティ本人が演じることを条件に、FOXサーチライトが製作にGOサインを出したという。それはなぜか。意外なことだが、ワイティティがユダヤ人であるからだ。

 ワイティティの父はニュージーランドのマオリ人で、母はロシア系ユダヤ人。人種という観点で見れば、彼は非常にレアな人物でもあり、偏見にさらされて育った経験を脚本に盛り込んだという。そして、母のすすめで原作を手にとったワイティティは、「この物語にもとファンタジーとユーモアを入れ、ドラマと風刺の群舞のような作品を作りたい」と思い立った。そんな男が、ユダヤ人を排斥し大量虐殺ボタンを連打したヒトラーを演じるというのだから、重大な意味がないわけがない。ダイバーシティが叫ばれる世界と人種問題への、見逃してはならない痛烈なメッセージが刻まれている

 「独裁者」「ヒトラー ~最期の12日間~」「帰ってきたヒトラー」など、ヒトラーが登場する映画は数多くある。共通するヒトラー像は、ガミガミと大声を張り上げ、大げさに腕をふるい、聴衆を強く洗脳するかのような、資料映像で見られるような独裁者の姿だ。つまり、役づくりのアプローチとしては”似せる”ということが定石なのである。

「ヒトラー ~最期の12日間~」より 似すぎだ

 ところが今作のワイティティは、笑えるほどに全く似せていない。私も鑑賞中、最初に登場したときは、これがヒトラーだとは気が付かなかった。「ワイティティがワイティティとして出ている」と思った。数秒考え、あ、そうだこれヒトラーだと思い出したくらいだ。ワイティティ本人は、笑いでファシズムやヘイトに対抗する姿勢を取り、ユダヤ系の映画人として一貫してヒトラーを題材にし続ける“コメディ映画の巨匠”メル・ブルックスを参考にしたそう。「今回のヒトラーはジョジョが想像した虚構だ。10歳の少年の見識は狭い。だからヒトラーは、ジョジョの肩に乗っているおかしな悪魔のようなものだ」とも語っている。そのキャラ造形は、独裁者的要素も持ちつつ、ジョジョの衝動や欲望や父親への憧れと言った要素をカリカチュアライズして詰め込んだ、間抜けな人物像となっている。

「ジョジョ・ラビット」より ワイティティ・ヒトラーは非常に目が澄んでいる

 極めて印象的なのは、そんな役どころにしてなお、否、そんな役どころだからこそなお、ワイティティが楽しそうに演じているように見える、という点だ。いつだって、ワイティティはそうだ。どんな深刻な問題であろうと、ユーモアに包んで優しく観客にサーブする。だからこそメッセージは真に心に届くし、だからこそ彼のことを応援したくなる。「シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア」「マイティ・ソー バトルロイヤル」でだって、ワイティティはいつも楽しそうに表現をしていた。今度の「フリー・ガイ」(ライアン・レイノルズ主演)でだって、きっとそうなのだろう。だから彼の作品は、見ていて気分がいいのだ。

 ワイティティの監督としての新作は、すでにクランクインしているらしい。今度もまた、製作はFOXサーチライトだ。20世紀FOXはディズニーの傘下となりテイストの変化が危惧されているが、ことFOXサーチライトに関しては心配無用だろう。エッジーな作品を期待している。

後編に続く。

 物語の詳細と、感情にまみれた絶賛レビューを書いています。↓

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