「ボヘミアン・ラプソディ」ヒットの裏にあるものは? 「君の名は。」から出発する“熱狂の渦”(前編)

2019年5月9日

社会現象的ヒットを飛ばす「ボヘミアン・ラプソディ」

 「ボヘミアン・ラプソディ」の日本での興行収入が、1月22日時点で100億円を突破しました。2018年に日本で公開された映画ではNo.1となる、奇跡的なヒット。米アカデミー賞にも、5部門ノミネートを果たしました。正直、こうなることを予想できた人がいたのでしょうか。そしてまた、どうしてここまでの現象になったのでしょうか?

 映画に限らずですが、何かの物事がヒットあるいは流行する背景には社会状況が確実に存在します。「ボヘミアン・ラプソディ」という“点”で見るのではなく、「ここ数年の日本映画界のヒット傾向」という“面”からこの旋風について考えていくことが、今回の記事の趣旨です。

 先に書いておきますと、2016年に興行収入250.3億円を叩き出した「君の名は。」や、32億円の「カメラを止めるな!」などの影響が大きいのでは、という感じです。ちなみに物語の強靭さや「Queen」自体の人気再燃、特殊フォーマットへのリピーターなどは、他のメディアなどで散々論じられているため、ここではあまり触れません。

Yahoo!ニュースのコメントから見る評価

 作品に対する好意的な意見が特徴的です。

 特大ヒットを飛ばした作品に対しては、当然絶賛評がとても多く寄せられますが、一方で「全然おもしろくねえ」など“逆張り”の悪評も多く寄せられます。称賛をやたら集めるものをこき下ろしたい、というのは、人間の心理でもあります。

 「ボヘミアン・ラプソディ」もそうなるか、と思われましたが、蓋を開けてみると絶賛評ばかりが寄せられるという驚きの状況が。地獄のような悪口ばかりが並ぶYahoo!ニュースのコメント欄を見ると、そのことがよくわかります。


  掲載された記事に「くだらんことでギガを消費させるな」「ボケ」「カスが」「地中深く埋めたほうがいい記事」など、悪口雑言が滝のように垂れ流される“修羅の国”。それがYahoo!ニュースです。

 普段の記事では「どうしてこんなにひどいことが言えるのか」「キーボードを打てる妖怪が書いているのでは」と思うようなコメントを見て落ち込むんですが、「ボヘミアン・ラプソディ」に関してはこんな感じでした。


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190115-00000010-eiga-movi

 おいおいおいおい。めちゃめちゃ浄化されとる。長いことヤフコメを見てきていますが、めったにお目にかかれない天国的なコメント欄。「ボヘミアン・ラプソディ」の記事は、即座にこんな感じになるので、その感動の波が伺いしれますね。

 ほかにも、お寺のお坊さんがハマったり、世代でもなんでもない小学校2年生がアツい感想文を書くなど、日本映画の歴史のなかでも稀に見る、あるいは史上初めてといってもいい“事件的”な盛り上がりを見せ続けています。

 そもそも、公開前には世界中の批評家が「凡庸で退屈」などの評価を下していました。それにも関わらず、国や人種や年代を超えて人々を熱狂させ続けていることに、ブライアン・メイとロジャー・テイラーは「この映画をめぐる騒動は、実は自分たちの音楽のキャリアととても似ているんだ。僕らもたくさんの批判を浴びた。でも、たくさんの人が気に入ってくれて、批判を打ち消してくれた」とコメントしていたのが感動的です。

 ちなみに以下のインタビュー、超泣けるので、ぜひ読んでみてください。
https://twitter.com/eigacom/status/1083196916563771392

ヒットをブーストした、映画館に行くことへの“ハードル”

えげつないヒットを記録した「君の名は。」

 上述の通り、今回のヒットの根源には、新海誠監督作「君の名は。」の影響があると考えています。同作は2016年に製作・公開されたアニメ映画で、邦画では歴代2位となる興行収入250.3億円を叩き出したモンスター級の作品です。暗い話題が続き、長らく下り坂だった邦画にとって、約13年ぶりの200億円超えを達成。社会現象を巻き起こしたことで、同年の日本映画界の年間興行収入は歴代1位となる2355億800万円に到達しました。

めちゃめちゃ早口の会話劇も魅力的

 そしてこの年は、82.5億円の「シン・ゴジラ」や116億円の「スター・ウォーズ フォースの覚醒」もありました。情報解禁、封切り、興行収入の推移自体が“イベント”となる作品が連続し、多くの人々が映画館に詰めかけた結果、あることが起こります。観客が「映画館でしか得られない素晴らしい体験がある」と気づいたんです。

1ヶ月に1回は行きたいな

 映画は、実は非常に贅沢な娯楽です。2時間ほどの時間と1800円(ポップコーンなどをいれれば約3000円)を差し出す……。ざっくりの計算ですが、東京ディズニーランドの費用とほぼ同価格の娯楽なんです(TDLチケット価格7400円÷7時間滞在=1時間あたり約1057円)。書いていて思ったんですが、高いのか高くないのかよくわからない比較ですね。なんだこれ。

 とにかく「映画は高い」という意識が映画館離れを引き起こしていましたが、上述の通り「君の名は。」のヒットにより映画館に足を運ぶことへの抵抗が若干薄らいだのではないか。次年の2017年は、対して事件的な作品がなかったにもかかわらず、映画界の年間興行収入は歴代2位の2285億7200万円です。「君の名は。」に似た感動を味わうために、映画館に行く人が増えた、と考えられます。

とにかく濃すぎる「バーフバリ」

 そして2017年〜2018年上半期は、「バーフバリ」シリーズと「カメラを止めるな!」という2作品が旋風を巻き起こしました。それまでの常識から考えると、ヒット予想が極めて難しい作品です。公開前の映画業界の評判では、「見れば面白いけど、ヒットするかと聞かれれば『しないんじゃね?』」という声が大半でした。ところがどっこい、封切られるやインド映画ファンやインディーズ映画ファンなど“濃ゆい”層が熱狂し、評判はライトな一般層にまで浸透した結果、予想外のヒットとして世間を賑わせました。

 ここで重要なのは、評判が伝染した一般客が、抵抗を感じることなく映画館に詰めかけた点。このことは「ボヘミアン・ラプソディ」でも顕著です。「君の名は。」「シン・ゴジラ」で映画館に行くのは「素敵なこと」だと感じるようになり、「バーフバリ」「カメラを止めるな!」も大きな話題になったため、ますます映画館が良いスポットに感じられるようになった。上記の作品で映画館に行けなかった人は、「映画館で見るべき作品、今度は逃せない」とすら思うかも。そんな折、「ボヘミアン・ラプソディ」です。鑑賞意欲が先行作品によりあらかじめ高まっていたところ、「人生変わるほど泣いた」などのアツい口コミが洪水のように流れていったので、多くの観客が足早にどころか全力疾走で劇場に詰めかけたんですね。

 現在、観客が映画館に求めることは「日常生活からの解放」「異なる世界・人生の体験」「他の鑑賞者との一体感」が多いよう(GEM standard調べ)。4DXやMX4Dが人気の理由がよくわかると同時に、「もはや映画館の競合は遊園地に変わった」とさえ言えます。

後半に続きます。